法的思考

 マンスレータのネタを詳しく引用したのは,「傷害致死が難しいなら業過致死」という思考過程に違和感や異論や疑問を唱える医療従事者が多いのに驚いたからだ。*1 両者の罪質が全く違うというように理解されて「おかしい」と考える方もいる。確かに,一般論として,医療の故意(悪意・犯意)とヒューマンエラーは別物に見えるだろう。
 しかし,日本では,殺意の証拠が弱ければ傷害致死傷害致死の加害の故意の証拠がなければ過失致死という訴因構成で,一段下げて起訴する例は少なくないそうだ。*2
 英米法では,第三級忙殺罪謀殺罪を見ればわかるとおり,「故意無き殺人罪」とときに訳されるマンスレータという罪名・罪質があり,これには,殺人罪傷害致死罪・過失致死罪まで広く含む概念である。沿革的に見ても,19世紀くらいになって,VoluntaryとInvoluntaryとに分化したようだ。規範的違法性以前の結果的違法性という前近代的残滓なのかもしれないが。
 それに,コモン・ロー*3の影響で,殺意や傷害の故意という主観的故意要件を検察官が立証する必要が無く,被告人や弁護人が「不存在」を立証すべき挙証責任を負うから*4,また,事実認定は陪審員の専権で裁判官にないから……という種々の実質的理由かも知れない。米法だと司法取引(バーゲニング)が理由に加算されるのかも知れない。

【かすかな記憶・私の頭の中の残滓】
(シーン1)
 米国のとある警察署で,カーボーイハットをかぶった刑事と弁護士の会話
刑事「大将どうだい。二級殺人を認めんのか。」
弁護士「いや,検事と交渉して三級殺人罪なら認めると申し入れてきた。」
刑事「ドン・ビー・ファックニー!」*5
(シーン2)
 その警察署の弁護士被疑者面会室で,被疑者と弁護士の会話
弁護士「検事には三級殺人なら認めるとバーゲンしてきた。」
被疑者「で,先生,どうだった。」
弁護士「だめだ。『二級殺人ならコンプロマイズしてもいい』と笑ってた。」
被疑者「ファッキン・バスタルド!」*6
弁護士「どうする。別件殺人のイミュニティ(刑事免責*7 )でネゴるか?」
被疑者「別件も,マンスレータで交渉してくれ。あれは暴発事故なんだ。」

 このように現代法文化では当然のことであっても,故意と過失を明確に区分して,「過失=ヒューマンエラー」と限定的(それ以上でもそれ以下でもない)に理解すれば,故意犯罪を過失犯で処罰するのは,不届き千万・ダーティーワークに見えるのかもしれない。集合論で言えば,現行刑法理論では,故意犯は,ほぼ過失犯に包摂される構成要件的要素で責任要素でもあるのだが……。*8
 「タガーナイフを公衆の面前で振り回し突き出すなら通行人に接触しないように注意して振り回したり突き出す注意義務があるのにこれを怠り,通行人に頓着せず振り回して次々と刺突した過失により,通行人十数名を死傷させた。」というように。いわば大罪で処罰できないなら一段下がった中罪で処罰するようなものである。法学部に入ったばかりの私にも技巧的な違和感が払拭し切れてないが,「オール・オア・ノッシングよりセカンド・ベスト」という英米文化のプラグマティズムに基づくのであろう。*9 *10

*1:例えば「ある町医者」先生;「傷害致死、あるいは殺人罪で捜査しろ、逮捕しろ。業務上過失致死傷罪など使うな。そう言うべきだと思います。」>http://d.hatena.ne.jp/DrPooh/20100208/1265579286#c1265678639

*2:業界用語で「歩留まり起訴」と言うらしい??「真偽不明」??

*3:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC

*4:これは自白強要を防止するためと教科書的に説明されている。自白が証拠の王では自白強要や拷問が防げないので,訴追側に自白の立証を不要としたプラグマティックな制度ということになる。内心の自由の不可侵から理由付けもなされている(ウイグモア)

*5:テキサス訛りの蜚語?

*6:エスニック訛りの蜚語?

*7:司法取引の一種;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E6%B3%95%E5%8F%96%E5%BC%95

*8:言うまでもないが,(業務上)過失致死罪,失火罪……などの過失犯がある罪質に限られるけど

*9:これには,広範な裁量を有する「検察官の訴因設定権限(質的一部不起訴・部分起訴;訴追裁量権)」や裁判所の「縮小認定の法理」という刑訴法上の理論的概念や実務概念(事実認定技法)が入ってくるので,統一的体系的に理解するには刑法と刑訴法の基本をマスターする必要があるはずだ。メイビー

*10:クラウゼビッツを気取るつもりはないけれど,ミリヲタ(軍事オタク)として言えば,「戦争or全面降伏(ナチスドイツ)」「玉砕or無条件降伏(どこぞの国)」よりも「ギリギリで停戦協定&最大限有利な和平交渉(フィンランディア)」というセカンドベストが真のベストである。もっとも大好きなフランス外人部隊のテーゼはなぜか英語の「前進か死か(マーチorダイ)」であるらしいが