「不迅速」な裁判

広島・小1女児殺害:ヒマワリに問う父 迷走した裁判「意味、あったのか」
http://mainichi.jp/kansai/news/20100720ddn041040010000c.html
>「長くかかった意味が本当にあったのか」。「裁判員裁判のモデルケース」と言われながら迷走した裁判に対し、建一さんは疑念をぬぐえない。裁判は、無期懲役とした1審広島地裁判決(06年7月)を広島高裁が「公判前整理手続きが不十分」として差し戻し(08年12月)、被告が上告した最高裁の判決(09年10月)は高裁に審理を差し戻す異例の展開をたどった。
>建一さんは「裁判のたびにつらい思いが続く」という。法廷で3度も意見陳述に立ち、「被告の口から真相を聞きたい」と求めたが、納得できる言葉は最後まで聞けなかった。
>あいりちゃんの同級生は小学6年。「本当にいい子に育っていたんだろうな」。成長した娘の姿を思い浮かべると、悔しさがこみ上げるという。

 ご遺族の気持ちは痛いほどわかりますが,どんな迅速処理方法をとっても,(被害者の最後を知る唯一の)被告人の口から真相が知りたいと思っても,被告人が反旗を翻すと無力です。そして,それは被告人の人権保障の観点から,弁護人も裁判所も止めることも強制することもできません。刑事被告人の権利を憲法と刑訴法と判例法でガチガチに保障したやむを得ない反射効でしょう。ご遺族の無念の気持ちに法律や裁判が答えてあげられなくて断腸の思いですが。_| ̄|○
 ちなみに,第一次控訴審(破棄差戻審)は↓

平成18(う)180 強制わいせつ致死,殺人,死体遺棄出入国管理及び難民認定法違反 平成20年12月09日 広島高等裁判所 破棄差戻し 原審 広島地方裁判所
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37266&hanreiKbn=03
>わいせつ目的で女児を殺害し,その死体を遺棄したという強制わいせつ致死,殺人,死体遺棄等被告事件について,犯行場所を確定するために検察官調書を取り調べる必要性が高いにもかかわらず,検察官から証拠調請求のあった被告人の警察官調書1通及び検察官調書10通の全部について,その請求を却下した原審の訴訟手続には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるとして,原判決を破棄し,原裁判所に差し戻した事例
全文(PDF)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090204112810.pdf

 この第一次控訴審の判決を概観すると原審(第一次原審)の裁判所の訴訟指揮が,かなり問題で取り調べが必要な証拠を次々と却下して迅速な審理を優先したことが窺われます。たとえ,被告人が真実を自白しないで大事な証拠が争点整理の名の下に請求されず採用されなかったとしても,公判段階で疑義が生じたら「やむを得ない事由」として職権で採用すべきなのかも知れません。
 迅速な裁判のために原審審理を急いだら,審級段階を経て不迅速となったのなら背理でしょう。
 もっとも,高裁も(そして私も)「後医は名医」との批評は受けると思いますが,「一審充実主義」と「高裁事後審」と「最高裁法律審」という刑事裁判の審級構造では,一審(地裁・簡裁)の事実認定や証拠調べ手続きがヤワ(審理不尽)ではよくないでしょう。
 なお,本件では,高裁の破棄差戻判決(第一次控訴審)自体が最高裁に破棄差戻されるという異例の審級になっています。

平成21(あ)191 強制わいせつ致死,殺人,死体遺棄出入国管理及び難民認定法違反被告事件 平成21年10月16日 最高裁判所第二小法廷 判決 破棄差戻
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=38077&hanreiKbn=01
>判示事項
>被告人の検察官調書の取調べ請求を却下した第1審の訴訟手続について,同調書が犯行場所の確定に必要であるとして,その任意性に関する主張立証を十分にさせなかった点に審理不尽があるとした控訴審判決が,刑訴法294条,379条,刑訴規則208条の解釈適用を誤っているとされた事例
>裁判要旨
>検察官請求に係る被告人の検察官調書の取調べ請求を却下した第1審の訴訟手続について,同調書が犯行場所の確定に必要であるとして,その任意性に関する主張立証を十分にさせなかった点に審理不尽があるとした控訴審判決は,同調書の立証趣旨が犯行場所に関連するものではなく弁解状況等であり,検察官は控訴審において犯行場所がいずれであっても刑責に軽重はない旨釈明していたなどの本件訴訟経過の下では,刑訴法294条,379条,刑訴規則208条の解釈適用を誤った違法がある。
全文(PDF) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091016161805.pdf

 つまり,遺族の心情を察して犯行場所等細かく事実を認定解明しようとしても(実体的真実主義),検察官の釈明(択一的概括的認定で足りる)と立証趣旨(X証拠はAを立証するものでBを立証するものではない)から限度があるという刑事訴訟法の「当事者主義」からの限界があるということなのでしょうか。