リスクス・マネジメント

 どんな意思決定(デジション・メイキング)でも,ノー・リスクは考えられず,何らかのリスクや望ましくない波及効・副作用はある(注3)。それが(民刑行を問わず認められた)違法性阻却理論の「許された危険」の法理である。
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 また,多数意見つまり多数決が正しいとは限らず,それは統計学的に少数意見との対査で(注18),正しい可能性が最も高いというのに過ぎない。
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 意思決定におけるリスク分析は,法適合性判断と似て,リスクの有無内容を客観的に,多くは統計学的に,探査することであり,政治的圧力や多数の圧力でゆがめてはならず,専門家の専門的判断の多数決を尊重するのが妥当である。その方が単純多数決より,より望ましい最小リスクで最大効果が得られるからである。
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 ただ,日本人特有のメンタリティである「絶対安全」つまりノー・リスクを希求する一般民意の圧力には頭が痛い。自動車交通を例に説明しても,私達の被害と自動車事故を一緒にするとは何様のつもりだと罵倒される。リスク比較説明では定説であるが。
注3)典型例は配偶者の選択と結婚の意思決定である。
注18)ラビによれば,ユダヤの慣習法ジョークでは,少数意見と対査できない全会一致の決議は無効とされるべきだそうだ。*1
出典:亡父「リスクス・マネジメント」メモランダム

 最小リスクで最大効果を求めても,副作用リスクまで責任を問われたら,全ての意志決定は有過失となってしまいます。ことに行政は,多少のリスク覚悟で施策して執行するのが普通で,利害関係者の全員一致なんて望むべきでもないからです。未知で不可避だった交通事故つまり予見回避可能性のない交通事故でも,運転手と車両保有者が連帯して3条件付き無過失責任を負い,その填補は強制保険という付保険で補填されるシステムを想起するといいでしょう。
 なお,リスクの発生確率は低いが損害額ば莫大になる事案では,無過失責任というか絶対的結果責任に等しい責任(原子力損害賠償法3条,4条3項)と強制保険と国庫の補填(同法7条,10条)までを認めた立法例もあります。

原子力損害の賠償に関する法律(昭和三十六年六月十七日法律第百四十七号)】
   第二章 原子力損害賠償責任
(無過失責任、責任の集中等)
第三条  原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。
2  前項の場合において、その損害が原子力事業者間の核燃料物質等の運搬により生じたものであるときは、当該原子力事業者間に特約がない限り、当該核燃料物質等の発送人である原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。
第四条  前条の場合においては、同条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき原子力事業者以外の者は、その損害を賠償する責めに任じない。
2  前条第一項の場合において、第七条の二第二項に規定する損害賠償措置を講じて本邦の水域に外国原子力船を立ち入らせる原子力事業者が損害を賠償する責めに任ずべき額は、同項に規定する額までとする。
3  原子炉の運転等により生じた原子力損害については、商法 (明治三十二年法律第四十八号)第七百九十八条第一項 、船舶の所有者等の責任の制限に関する法律 (昭和五十年法律第九十四号)及び製造物責任法 (平成六年法律第八十五号)の規定は、適用しない。
   第三章 損害賠償措置
    第一節 損害賠償措置
(損害賠償措置を講ずべき義務)
第六条  原子力事業者は、原子力損害を賠償するための措置(以下「損害賠償措置」という。)を講じていなければ、原子炉の運転等をしてはならない。
(損害賠償措置の内容)
第七条  損害賠償措置は、次条の規定の適用がある場合を除き、原子力損害賠償責任保険契約及び原子力損害賠償補償契約の締結若しくは供託であつて、その措置により、一工場若しくは一事業所当たり若しくは一原子力船当たり千二百億円(政令で定める原子炉の運転等については、千二百億円以内で政令で定める金額とする。以下「賠償措置額」という。)を原子力損害の賠償に充てることができるものとして文部科学大臣の承認を受けたもの又はこれらに相当する措置であつて文部科学大臣の承認を受けたものとする。
2  文部科学大臣は、原子力事業者が第三条の規定により原子力損害を賠償したことにより原子力損害の賠償に充てるべき金額が賠償措置額未満となつた場合において、原子力損害の賠償の履行を確保するため必要があると認めるときは、当該原子力事業者に対し、期限を指定し、これを賠償措置額にすることを命ずることができる。
3  前項に規定する場合においては、同項の規定による命令がなされるまでの間(同項の規定による命令がなされた場合においては、当該命令により指定された期限までの間)は、前条の規定は、適用しない。
第三節 原子力損害賠償補償契約
原子力損害賠償補償契約)
第十条  原子力損害賠償補償契約(以下「補償契約」という。)は、原子力事業者の原子力損害の賠償の責任が発生した場合において、責任保険契約その他の原子力損害を賠償するための措置によつてはうめることができない原子力損害を原子力事業者が賠償することにより生ずる損失を政府が補償することを約し、原子力事業者が補償料を納付することを約する契約とする。