期待可能性

 この期待可能性は,もろに責任的故意の要件でもあるし,もろに責任的過失の要件でもあるとされている。*1 ことに過失では,予見可能性と回避可能性の判断基準が客観的一般的をMAXとするのは,期待可能性が背後にあって「法が不能を強いらない」からであり,「過失の要件4要素」の細部にも類型化されていると見てとれる。
 そして,刑事未成年程度は,成人同様の適法行為の期待可能性が無い(5歳時以下)か著しく低い(小中学生)のが通常であるし,また,心神喪失者や心神耗弱者も,同様に適法行為の期待可能性が無いか著しく低いのが通常である。*2
 さらに,事実の錯誤や法律の錯誤の判断においても(場合において故意の問題でもあるが),期待可能性のモノサシで見れば,回答がスンナリでてくるときも多い。*3
 よって,私は,責任の表層的本質(根幹部分)は「適法行為の期待可能性」であり,潜在的本質(根本規範)は「法は不能を強いらない」ではないかと,最近,考えている。トゥービーコンティニューw

*1:前記「第五柏島丸事件」の判例参照

*2:統合失調症の末期から重度の躁うつ状態ないし解離性健忘状態を想定してみよう

*3:戦時ハンティングでカニバリズムを常態とするモンタニヤードを日本の自衛隊野戦演習に連れてきて,彼が戦士殺人を実行した場合,これは,事実の錯誤か,法律の錯誤か,構成要件的故意が阻却されるか,責任故意が阻却されるか?