法文化の違い

 自然科学に国境はないが(「慣性力は質量の半分と速度の二乗に比例する」は万国共通),当為法則は地域や部分社会で異なる文化です。お怒りにならないで読んでください。米国滞在経験がある方なら「そういう米国人もいるよね。」と思うかと。

ひき逃げの米兵、無罪主張=死亡させた事実は認める−那覇地裁
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2010022400921
>■■被告は外間さんをひいて死なせたことを認めた上で、「夜の明けない暗い時間に人がいるとは知らなかった。刑事事件で起訴されるような重大な過失は犯していない」と話した。

沖縄ひき逃げ死、米兵「歩行者が事故回避すべき」
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100225-OYT1T00126.htm
>■■被告は罪状認否で「車で外間さんをはねた」と認めながらも、「現場は真っ暗で歩行者が事故を回避すべきだった。人をはねたとは思わず、救護義務はなかった」と無罪を主張した。
>■■被告は「衝撃を感じて車を止め、車をバックさせて戻ったが、救護が必要な人はいなかった」と主張。現場の状況から結果的に外間さんをはねたことは認めたが、外間さんが夜明け前の暗い道路で黒い服を着てウオーキングしていた点を挙げ、「歩行者は光を発する衣服を着て事故を避けるものだ」と述べ、運転上の過失も否認した。

 真っ暗な夜道を照らすのがヘッドライトでしょうし,現場までバックしたら,被害者の姿が見えたはずだと思いますが。そこのけそこのけ車が通るじゃあるまいし。
 でも米国法文化ではよくあることです。ウソや否認や責任転嫁を恥と思わない人がいる文化ですから。
参照:http://d.hatena.ne.jp/hascup_jr/20100210/p5