証拠と価値判断の乖離

 現行刑事訴訟法は,証拠裁判主義*1を中核概念に据えており,証拠なくして無辜を有罪ないし有罪の危険に晒してはならない,というのが大原則だと思います*2。今回の検察審査会の判断が,その例外でないことを祈ります。

「必要な協力していきたい」JR西の起訴議決で神戸地検次席 2010.3.26 23:42
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100326/trl1003262344032-n1.htm
>……神戸地検の山根英嗣次席検事は、「公訴時効が間近に迫っていることも考慮し、(検察官役となる)指定弁護士が円滑に今後の職務の遂行ができるように、必要な協力をしていきたい」と述べ、今後の強制起訴へ向けて指定弁護士を支援していく方針を示し……「具体的な証拠に基づいて起訴か不起訴かの判断をするという従来のスタイルに影響はない」と述べた。
>一方、検察内部には戸惑いも。ある検察幹部は「『社長であるからには責任を取らなければならない』という価値判断が先行しており、具体的な証拠とは離れた議論になっている印象がある」。起訴後の公判維持についても「相当な困難が伴うだろう」と懸念を示した。

 世論の動向に逆らうようですが,被害者とご遺族の人権も被疑者の人権も,憲法上は等価に扱うのが,少なくとも「法の下の平等」(憲法14条)の要請だからです。*3 故意過失を問わず犯罪を犯した悪い人の信賞必罰を本分とする(地検高検幹部)検事さんが有罪とする証拠はないに等しい,という専門的な判断をした重みを感じるのは,

    私が専門職公務員の娘というバイアスがあるかもと思うので,
    本日の日記はバイアス分を割り引いて眉に唾を何度も付けて,
    割り引いてから読んでいただくようにお願いしたいと切望します

ので,よろしくです。(/ω・\)チラッ
 もちろん,起訴強制される3人の被疑者の方には,刑事裁判で,証拠と証明が不十分だから,疑わしきは被告人の利益に従って,「予見可能性がない〜予見義務が認められない」*4 *5として無罪になる可能性もあるから,その限度でフェイルセーフ機構が作動する余地はあります。
 ただ,何年も後に無罪となっても,長期裁判の経済的負担,精神的負担,社会的不利益,喪失人生期間などの被害は測り知れず甚大なので,そして在宅被告人(勾留されていない被告人)には少なくとも刑事補償法*6に基づく金銭補償がないので(在宅被告人への無罪補償が他の法令であるかもしれませんが不勉強です<(_ _)>),可能な限り「有罪が疑わしき被疑者には不起訴の利益」とした方が人権保障に資すると思いますし,「疑わしきの法理」に適合すると思うからです。
 以上の点を踏まえて,検察官職務執行担当指定弁護人は,職務に邁進されることを切望します。<(_ _)> *7

*1:刑訴法317条「事実の認定は、証拠による。」。なお,証明力は自由心証主義で,刑訴法318条「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。」のとおり

*2: 自白があってもです(憲法38条3項「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。」)

*3:憲法を勉強されれば分かりますが,被疑者被告人の人権は,異論は熟知してますが,魔女裁判マッカーシズムの反省に立って,「100人(〜10人)の真犯人を逃しても1人の無辜を救え」という学説が先進国で支配的です。

*4:予見可能性と予見義務が認められれば,条理上,鉄道事故防護・安全走行確保義務から「速度制限装置の設置を指示命令して乗客乗員や沿線住民の安全確保を図る義務」が認められるでしょうし,回避可能性は「速度照査型ATS−Pを設置せよ」と業務指示命令を出すだけだから認められるでしょう

*5:回避可能性を裏付ける「速度照査型ATS−P」は次のような仕組みです。 http://ja.wikipedia.org/wiki/ATS-P#ATS-P.E5.BD.A2.EF.BC.88.E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E4.BC.9D.E9.80.81.E3.83.91.E3.82.BF.E3.83.BC.E3.83.B3.E5.BD.A2.EF.BC.89

*6:http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxselect.cgi?IDX_OPT=1&H_NAME=%8c%59%8e%96%95%e2%8f%9e%96%40&H_NAME_YOMI=%82%a0&H_NO_GENGO=H&H_NO_YEAR=&H_NO_TYPE=2&H_NO_NO=&H_FILE_NAME=S25HO001&H_RYAKU=1&H_CTG=1&H_YOMI_GUN=1&H_CTG_GUN=1

*7:ご推察のとおり,本項目(検察審査会の起訴強制制度)の意見の骨子は,パパリンのメモランダムノートからパクリました。事案への当てはめは私のオリジナルですけどf(^_^;)